PDCAはデミングが提唱したのか:本人が拒んだ名前
「PDCAはデミングが提唱した」という説明は来歴をたどると成り立ちません。原型はシューハート(1939)にあり、呼称は1951年に日本側で組み替えられたもので、デミング本人は1990年の書簡で「PDSAと呼んでほしい」と書いています。CheckとStudyの差が実務に何をもたらすかまで解説します。
公開 2026-08-29 / 更新 2026-08-29
結論
「PDCAサイクルはデミングが提唱した」という説明は、来歴をたどると支持できません。原型はシューハート(1939)の三段階にあり、デミングが1950年に日本で示した図を、日本側の関係者が1951年ごろPDCAへ組み替えたことがMoen & Norman (2010)の調査で整理されています。デミング本人は1990年11月17日のMoen宛書簡で「PDSAと呼んでください。PDCAという改悪ではなく」と書き、1980年の公開の場では両者は「互いに何の関係もない」と述べていました。実務にとって重要なのは帰属の訂正ではなく、Check(点検)とStudy(学習)の一語の差です。計画どおりかを確かめる問いと、予測と結果のずれから何を学んだかを問う問いでは、改善会議で出てくる話が変わります。
このページの要点
- PDCAの原型はシューハート(1939)の三段階で、デミングが1950年に日本で示した図を1951年ごろ日本側がPDCAへ組み替えたとMoen & Norman (2010)は整理している
- デミングは1990年11月17日のMoen宛書簡で「PDSAと呼んでください。PDCAという改悪ではなく」と書き、この呼称を明確に退けていた
- デミングは1980年8月の米国会計検査院の円卓会議で、QCサークルのPDCAとデミング・サークルの関係を問われ「両者は互いに何の関係もない」と答えている
- Checkは計画どおりかの点検に流れやすく、Studyは予測と結果のずれから何を学んだかを問う。改善が形骸化した現場ではこの一語の差が効いてくる
- 呼称の訂正が目的ではない。回す前に予測を一行書き、ずれの理由を記録に残す設計に変えるほうが、名前を直すことよりも会議の中身を変える
「PDCAはデミングが提唱した」という説明
改善活動の研修資料には、たいてい同じ一文が置かれています。「PDCAサイクルは、品質管理の権威W・エドワーズ・デミングが提唱した手法です」。この一文は、Plan-Do-Check-Actという四文字に権威を与えます。
しかし、この説明は来歴をたどると成り立ちません。しかも成り立たない理由が少し変わっていて、デミング本人がこの呼び名を、書面で、名指しで断っていたからです。本記事では、誰がいつ何を調べたのかを追ったうえで、この事実が実務のどこに効いてくるのかまでを扱います。関連する誤帰属はよく誤って引用される言葉に一覧があります。
調べて分かったこと:呼称がどこで生まれたか
来歴を整理した基礎文献は、Ronald D. MoenとClifford L. Normanが品質管理の実務誌『Quality Progress』に2010年に発表した論考「Circling Back」です。二人はデミングの講義録、書簡、公開の質疑記録をたどり、円環モデルの系譜を年表として示しました。
出発点はデミングではなく、統計学者ウォルター・シューハートです。シューハートは『Statistical Method from the Viewpoint of Quality Control』(1939) で、仕様・製造・検査という三段階を直線ではなく円環として描き直しました。デミングが1950年に日本科学技術連盟の講義で示したのはこの円環で、Moenの整理によれば四段階は「設計・製造・販売・再設計」であり、Plan-Do-Check-Actではありません。翌1951年ごろ、講義を受けた日本側の関係者が、この輪を管理の言葉に置き換える形でPDCAへ組み替えました。
| 年 | 出来事 | 呼び名 |
|---|---|---|
| 1939 | シューハートが三段階を円環として提示 | シューハート・サイクル |
| 1950 | デミングが日本での講義で四段階の輪を示す | デミングの輪 |
| 1951頃 | 日本側の関係者が管理の言葉に組み替える | PDCA |
| 1980 | 公開の質疑でデミングが両者の関係を否定 | — |
| 1990 | デミングがMoen宛書簡で呼称について書く | PDSA |
| 1993 | 『The New Economics』でPDSAを提示 | 学習と改善のためのシューハート・サイクル |
デミング本人が書いていたこと
呼称についてのデミングの立場は、推測ではなく記録で確かめられます。1990年11月17日、デミングはMoenに宛てた書簡で「PDSAと呼んでください。PDCAという改悪ではなく」と書きました。さかのぼる1980年8月19日、米国会計検査院(GAO)の円卓会議で、QCサークルのPDCAとデミング・サークルはどう関係するのかと問われたデミングは、「両者は互いに何の関係もない」と答えています。
十年の間隔をおいた二つの記録で、本人は一貫して同じことを述べていました。自分の名を冠した呼称を謙遜して辞退したのではなく、中身が別のものだと述べていたという点が重要です。
由来を尊重するなら「シューハート・サイクル」、デミング自身の定式を指すなら「PDSA」が、記録に照らして無理のない呼び方です。「デミング・サイクル」という語が指す図は文献によって複数あるため、どれを指すのかを一言添えると誤解が減ります。
CheckとStudyは、実務で何が違うのか
呼称の話は、それだけなら雑学にとどまります。実務に効いてくるのは、三段階目に置かれた語の違いです。Check(点検)は計画どおりに進んだかを照合する作業に流れやすい語で、達成か未達成かで答えが出ます。一方Study(学習)は、事前の予測に対して結果がどうずれたのか、そのずれをどう説明するのかを問います。答えるには、実行前に予測を言葉にしておく必要があります。
| Check(点検) | Study(学習) | |
|---|---|---|
| 中心の問い | 計画どおりに進んだか | 予測と結果はどうずれたか |
| 必要な準備 | 目標値 | 実行前の予測とその根拠 |
| 出てくる会話 | 達成・未達成の報告 | ずれの説明と見立ての修正 |
| 次の計画への影響 | 未達項目の再設定 | 前提そのものの書き換え |
改善活動が形骸化した現場では、たいていCの欄が「概ね計画どおり」「一部未達」で埋まっています。ここに予測とのずれを書く欄を足すだけで、次の計画の質が変わります。効果の測り方は行動変化を測る、研修や施策の評価設計は四段階評価が参考になります。
PDSAの実質は、Studyという語そのものではなく、実行前に予測を書き残しておくという手順にあります。「この施策で三か月後の回答率は四割から六割に上がると見ている」と一行あるだけで、三か月後の会議は達成報告ではなく見立ての検証になります。
なぜこの呼び名が定着したのか
誤帰属の理由を、誰かの不注意に求める必要はありません。ここで起きたのは経路のねじれです。日本で改良された呼称が現場に定着し、その品質管理の成果が国際的に注目される過程で、輸入元の人物名とともに世界へ再輸出されました。「日本の品質管理を支えた手法」と「デミング」を結ぶのは紹介する側にとって自然な整理でしたし、当時は書簡や質疑記録を確かめる手段も限られていました。Moenらが記録を突き合わせて年表を示したのは2010年、デミングの没後十七年です。
引用の連鎖で標語が別の名前に移る現象は、経営分野では珍しくありません。言葉大全に収めた例の多くが同じ形をたどっており、発言者にも引用者にも落ち度はないというのが、まとめてみたときの実感です。
「PDCAはデミングではない」とだけ書き換えると、読み手には否定の情報しか残りません。由来(シューハート1939)、日本での組み替え(1951頃)、本人の定式(PDSA)の三点を並べると、訂正が知識の追加になります。出典の示し方は出典をその場で出すや根拠をどう示すかも参考にしてください。
実務にとって何が変わるのか
手を入れられる箇所は三つあります。
第一に、研修資料の一行です。「デミングが提唱した」を「シューハートの円環に由来し、日本で現在の形になった」に替えます。分量は増えませんし、来歴が示されることで手法が神格化されにくくなります。
第二に、Cの運用です。改善会議のフォーマットに「実行前の予測」欄を足し、Cでは予測とのずれを書くようにします。施策の是非を測る基準を先に決めておく必要も生まれるため、測り方を先に決めるとあわせて設計してください。
第三に、回す単位です。全社の年度計画に一括して当てると一周に一年かかり、学習の頻度が落ちます。小さく試して評価してから広げる試行・評価・展開の設計にすると、一周が短くなりStudyが機能します。変革の進め方はチェンジマネジメント、現状把握の枠組みは組織診断を参照してください。
ある製造部門では、月次の改善会議でCの欄が毎回「計画どおり」で埋まり、議論が五分で終わっていました。「実行前の予測」と「実際の結果」を二列で並べる形にしたところ、ずれの理由を説明する会話が生まれ、翌月の計画に前提の修正が反映されるようになりました。
注意点・限界
本記事が扱ったのは呼称と来歴であり、PDCAという枠組み自体の効果を検証したものではありません。またMoen & Norman (2010) は実務誌の論考で、査読つき論文ではありません。ただし引用されている1990年の書簡と1980年の質疑記録は一次資料です。CheckとStudyの違いが改善成果に与える影響を直接比較した研究は確認できておらず、ここで述べたのは語が誘導する問いの違いという設計上の指摘です。
デミングをめぐる誤引用はこれだけではありません。「測れないものは管理できない」という一文も、本人はそれを否定するために書いていました。この点は「測れないものは管理できない」は逆だったで扱います。
まとめと、今日からできる小さな一歩
PDCAはデミングの提唱ではなく、シューハートの円環に由来し、日本で現在の形になりました。デミング本人は1990年の書簡でPDSAという呼称を求め、1980年の質疑ではPDCAとの関係を否定しています。ただし要点は名前を正すことではありません。Checkが「計画どおりでしたか」を呼び、Studyが「予測と何がどう違いましたか」を呼ぶ、その運用の差にあります。
今日からできることは一つです。次の改善会議の資料に、実行前の予測を一行だけ書き足してください。その一行があるかないかで、一か月後にCの欄へ書かれる内容が変わります。
よくある質問
PDCAという言葉を社内で使うのをやめたほうがよいですか?
やめる必要はありません。呼称としてすでに定着しており、言い換えを強いること自体に実務上の利益は多くありません。変える価値があるのはCの中身です。「計画どおりでしたか」ではなく「事前の予測と何がどれだけ違いましたか」を問う運用に変えるだけで、デミングがStudyという語に込めた意味に近づきます。
PDSAとPDCAは、結局どこが違うのですか?
三段階目の問いが違います。Check(点検)は達成・未達成の確認に流れやすく、Study(学習)は予測と結果のずれを説明することを求めます。ずれの説明を求めると、次の計画の立て方そのものが変わります。運用の差であって、優劣を競う二つの流派ではありません。
誰かが「PDCAはデミングが作った」と言っていたら、指摘すべきでしょうか。
誤帰属は引用の連鎖で起きるもので、そう説明した人に落ち度はありません。会議の場で訂正すること自体が目的になると話が止まります。資料を改訂する機会に出典を添える、という直し方をお勧めします。
そもそも来歴をたどることに、どんな意味があるのですか。
出典をたどる過程で、その考えが解こうとしていた問題が見えるからです。シューハートの円環は製造工程の管理を、デミングのPDSAは予測にもとづく学習を扱っていました。来歴が分かると、自社の課題に合う使い方を選べるようになります。
参考文献
- Shewhart, W. A. (1939). Statistical Method from the Viewpoint of Quality Control. Graduate School, U.S. Department of Agriculture.
- Moen, R. D., & Norman, C. L. (2010). Circling back: Clearing up myths about the Deming cycle and seeing how it keeps evolving. Quality Progress.
- Moen, R. D. Foundation and History of the PDSA Cycle. The W. Edwards Deming Institute.(1990年11月17日付デミング書簡、1980年8月19日GAO円卓会議の記録を含む)
- Deming, W. E. (1993/1994). The New Economics for Industry, Government, Education (2nd ed., 1994). MIT Press.
- Deming, W. E. (1986). Out of the Crisis. MIT Press.
- The W. Edwards Deming Institute. Myth: If You Can't Measure It, You Can't Manage It.
- Ridgway, V. F. (1956). Dysfunctional consequences of performance measurements. Administrative Science Quarterly.
本ページは上記の文献等をもとに編集部が作成しています。数値や結論の詳細は必ず原典をご確認ください。