「測れないものは管理できない」は逆だった:デミングが警告したこと
「測れないものは管理できない」はデミングの言葉として流通していますが、原文は「そう考えるのは誤りである——高くつく神話だ」と続きます。後半が落ちて意味が反転した経緯と、測れない要素を管理対象外に置く設計がなぜ危ういのかを、KPI設計の実務に接続して解説します。
公開 2026-08-29 / 更新 2026-08-29
結論
「測れないものは管理できない」は、たしかにデミングが書いた文です。ただし否定するために書いています。『The New Economics』(2nd ed., MIT Press, 1994, p. 35) の原文は「測れないものは管理できないと考えるのは誤りである——高くつく神話だ」で、流通しているのは後半が脱落した引用です。デミング協会も公式サイトでこれを神話として記事化しています。彼は『Out of the Crisis』で「経営に必要な最重要の数字は、知られておらず知りえない」とも述べ、目に見える数字だけで経営することを「七つの致命的病」の一つに数えていました。実務上の含意は明快です。測定できない要素を「管理対象外」に置く設計は、デミングが名指しで高くつくと警告した誤りにあたります。
このページの要点
- 原文は「It is wrong to suppose that if you can't measure it, you can't manage it - a costly myth.」で、流通形は後半の「高くつく神話だ」が脱落した引用である
- 出典は『The New Economics』第2版(MIT Press, 1994) の35ページ。デミング協会も公式サイトでこれを神話として記事化している
- デミングは『Out of the Crisis』で「経営に必要な最重要の数字は、知られておらず知りえない」と述べ、目に見える数字だけの経営を致命的病の一つに挙げた
- 「測られるものが管理される」も同じ場面で引かれるが、近い先行文献のリッジウェイ(1956)は測定が意図しない行動を生む弊害を論じたもので、推奨ではなかった
- KPI設計では、測れる指標の一覧と同時に「測れないが管理を要するもの」を書き出し、誰がどう見るかを決めておくと設計の穴が埋まる
一文を、最後まで読む
まず、二つの文を並べます。
流通している形は「測れないものは管理できない(If you can't measure it, you can't manage it)」。W・エドワーズ・デミングの言葉として、KPI設計や目標管理の資料に置かれてきました。
原文はこうです。「It is wrong to suppose that if you can't measure it, you can't manage it - a costly myth.」——測れないものは管理できないと考えるのは誤りである。高くつく神話だ。
デミングはたしかにこの文を書いています。ただし否定するために書いていました。流通しているのは、後半が落ちた引用です。ここまで極端に意味が反転する例は、よく誤って引用される言葉に集めた事例のなかでも多くありません。
調べて分かったこと:原文はどこにあるか
出典は特定できます。デミング『The New Economics for Industry, Government, Education』第2版(MIT Press, 1994) の35ページです。初版は1993年、彼の没年にあたります。
デミングの遺志を継ぐW・エドワーズ・デミング協会も、公式サイトでこの引用を神話(myth)として記事化しています。原典のページを示したうえで、後半を落とした引用が広く流通していることを指摘する内容です。つまりこの誤引用は、指摘する側にとって「探して見つけた」ものではなく、はじめから記録として残っていました。
前半だけを読んでも文として成立してしまうことが、この誤引用を長持ちさせています。「主語が違う」「別人だった」といった誤りは指摘されれば分かりますが、文の後半が消えているという誤りは、原文を開くまで気づけません。出典にページ番号まで添える習慣が効くのは、こういう場面です。
デミングが実際に主張していたこと
デミングの立場は、この一文だけの話ではありません。『Out of the Crisis』(1986) では「経営に必要な最重要の数字は、知られておらず知りえない」と述べています。さらに、彼が挙げた「七つの致命的病」の一つが、目に見える数字だけで経営し、知りえない数字を考慮しないことでした。
つまり彼は、測定できない領域が経営の中心にあることを前提に議論を組み立てていました。流通形はこの前提を裏返しています。
| 流通している形 | デミングの記述 | |
|---|---|---|
| 測定と管理の関係 | 測れないものは管理できない | 測れなくても管理は必要である |
| 重要な数字 | 測れば見える | 最重要の数字は知られておらず知りえない |
| 管理の設計 | 測定できる範囲を管理対象にする | 目に見える数字だけの経営は致命的病の一つ |
| 帰結 | 測れない要素は対象外になる | 測れない要素をどう扱うかを決める必要がある |
なぜ後半が落ちたのか
理由を誰かの不正に求める必要はありません。ここでも、引用の連鎖が働いています。
指標管理や目標管理を導入する場面では、前半だけが議論を前に進めます。品質管理の権威の名がついていれば、なおさら通ります。そして一度スライドに載った一文は、次の資料へそのまま転記されます。原典を開く手間は、転記の手間よりはるかに大きいのが実情です。
もう一つ、似た標語との混線もあります。「測られるものが管理される(What gets measured gets managed)」はドラッカー名義で流通しますが、著作に確認できません。趣旨の近い先行文献として、V・F・リッジウェイ「Dysfunctional Consequences of Performance Measurements」(Administrative Science Quarterly, 1956) がありますが、この論文は測られたものが管理されてしまうことの弊害を事例で示したものでした。単一指標でも複合指標でも指標セットでも、測定が意図しない行動を生むという指摘です。標語が推奨として使われる用法とは、ほとんど反対に近いことになります。
「測れないものは管理できない」と「測られるものが管理される」を続けて置くと、測定を増やすほど管理が行き届くという結論に見えます。原典に照らすと、前者は否定文の一部、後者は副作用の指摘です。どちらも測定拡大の根拠にはなりません。
「管理対象外」に置く設計が、なぜ危ういのか
ここからが実務の話です。測れないものを管理対象から外すと、三つのことが起きます。
第一に、測れる指標に行動が寄ります。リッジウェイが示したのはこの現象でした。訪問件数を測れば訪問件数が増え、面談実施率を測れば面談は実施されます。それが狙いどおりの行動かどうかは、指標の選び方で決まります。だからこそ指標の選択は、測定の問題ではなく設計の問題です。
第二に、測りにくい価値が議論から消えます。他部署への助力、若手の相談に乗る時間、失敗の共有といった行動は数値化しにくく、評価の対象から外れがちです。外れた行動は、忙しくなると最初に削られます。心理的安全性が高い職場で起きていることの多くは、この種の測りにくい行動です。
第三に、測定できたものが目的に見え始めます。研修の受講率、サーベイの回答率、1on1の実施率は、いずれも手段の指標です。合意や実施の件数で成果を語らないための考え方は合意と実行を分けて示すにまとめています。
実務にとって何が変わるのか
測定計画を設計する場で、具体的に足せるものが三つあります。
第一に、指標一覧の隣に「測れないが管理を要するもの」の欄を作ります。 数値化しないと決めたうえで、誰がどの機会に見るのかだけを書きます。四半期の対話で扱う、事例として記録する、といった形で十分です。
第二に、指標ごとに「これが上がると何が下がりうるか」を一行書きます。 リッジウェイの指摘を設計に組み込む作業です。副作用を先に書いておくと、半年後に想定外の行動が出たときに原因を追いやすくなります。
第三に、効果の測り方を先に決めます。 行動の変化をどう捉えるかは行動変化を測る、研修や施策の評価は四段階評価が使えます。サーベイを使う場合はサーベイの読み方とエンゲージメント調査は役に立つのかもあわせてご覧ください。効果を報告するときは、大きさまで述べる効果の大きさを言うを守ると、測定の意味が保たれます。
ある企業の人事部門は、管理職の目標設定シートに「数値化しないが四半期に一度話す項目」という欄を新設しました。書かれたのは、育成中の若手の状況、他部署から受けた助力、うまくいかなかった試みの三つです。指標は増えていませんが、面談で話される内容が変わり、数字だけでは説明できない判断の背景が記録に残るようになりました。組織の現状把握の枠組みは組織診断を参照してください。
注意点・限界
本記事は引用の来歴と、そこから導かれる設計上の含意を扱ったものです。「測れない要素を管理対象に残すと業績が上がる」という因果を示す研究を紹介したものではありません。
また、デミングの主張は製造業の品質管理を土台に組み立てられています。人事や組織開発の領域にそのまま移せる部分と、移せない部分があります。ここで扱ったのは「測定範囲の外にあるものをどう設計に含めるか」という一般性の高い論点に限られます。
なお、デミングをめぐる誤引用は他にもあります。PDCAサイクルの帰属についてはPDCAはデミングが提唱したのかで扱いました。彼が「Check」ではなく「Study」を求めた理由も、ここで述べた測定観と地続きです。
まとめと、今日からできる小さな一歩
「測れないものは管理できない」は、デミングが否定するために書いた文の前半です。原文は「そう考えるのは誤りである——高くつく神話だ」と続きます。彼は最重要の数字は知りえないと述べ、目に見える数字だけの経営を致命的病の一つに挙げていました。誤引用の経路をたどる作業は言葉大全にまとめていますが、この一件が示すのは、引用の正確さがそのまま設計の質につながるということです。
今日からできることは一つです。手元のKPI一覧を開き、「測れないが、管理は必要なもの」を三つだけ書き出してください。測る方法を考える必要はありません。誰がいつ見るかを決めるだけで、設計の穴はふさがり始めます。
よくある質問
では、KPIを設計すること自体が間違いなのですか。
そうではありません。デミングが否定したのは「測れないものは管理できない」という前提であって、測定そのものではありません。測ることには価値があります。問題は、測れる範囲だけで管理の対象を決めてしまうと、経営にとって重要な要素が設計から抜け落ちることです。
「測られるものが管理される」も同じように誤りですか。
こちらは観察としては共有されています。ただし趣旨の近い先行文献であるリッジウェイ(1956)は、測定が意図しない行動を生む弊害を示した論文でした。推奨としてではなく副作用の予測として使うのが本来の筋で、だからこそ指標の選び方が設計上の問題になります。
測れないものを、どう扱えばよいのでしょうか。
管理対象から外すのではなく、測定以外の方法で見る対象として残します。定期的な対話、事例の記録、少数の丁寧な聞き取りなどが該当します。指標の一覧とは別に「数値化しないが見る項目」の欄を作るだけでも、扱いが変わります。
経営層に説明するとき、どう言えばよいですか。
「測らない」ではなく「測れる部分と測れない部分を分けて管理する」と説明してください。前者は否定に聞こえますが、後者は設計の提案として受け取られます。原文が出典つきで示せることも、この場面では役に立ちます。
参考文献
- Deming, W. E. (1993/1994). The New Economics for Industry, Government, Education (2nd ed., 1994), p. 35. MIT Press.
- Deming, W. E. (1986). Out of the Crisis. MIT Press.
- The W. Edwards Deming Institute. Myth:If You Can't Measure It, You Can't Manage It.
- Ridgway, V. F. (1956). Dysfunctional consequences of performance measurements. Administrative Science Quarterly.
- Moen, R. D., & Norman, C. L. (2010). Circling back: Clearing up myths about the Deming cycle and seeing how it keeps evolving. Quality Progress.
- Drucker, P. F. (1954). The Practice of Management. Harper & Row.
本ページは上記の文献等をもとに編集部が作成しています。数値や結論の詳細は必ず原典をご確認ください。