松下幸之助
Konosuke Matsushita(1894–1989)
二十代で配線器具の製造から始め、一代で松下電器産業を築いた経営者。事業部制の早期導入、経営理念の明文化、週五日制など、いまの日本企業の型の多くを他社に先んじて持ち込んだ。
- 肩書き
- 松下電器産業(現パナソニック)の創業者
- 活動した国
- 日本
- 生没
- 1894–1989
- 分野
- 経営・マネジメント
- 収録した言葉
- 1件
何をした人か
一九一八年、大阪で松下電気器具製作所を創業した。一九三三年には製品群ごとに開発・製造・販売と損益の責任をまとめて持たせる事業部制を導入し、日本企業として早い実施例となった。同じ時期に会社の存在理由を言葉にした経営理念を掲げ、社員に繰り返し語る形で共有している。一九六五年には大手製造業の先陣を切って週五日制を実施した。不況期に人員を減らさず生産を半日にして在庫の販売に当たらせた対応や、一九六四年に販売店主と直接向き合った熱海会談など、労使や取引先との関係の作り方でも知られる。晩年はPHP研究所を通じた著述と、松下政経塾の設立に力を注いだ。
その後、どう扱われているか
事業部制の早期導入と経営理念の明文化は、日本の経営史研究で実証的に跡づけられており、企業統治や人材育成の研究でも参照される。ただし事業部制については、権限を渡すほど部門最適に陥りやすいという副作用がその後の組織研究で繰り返し確認されており、松下電器自身も事業部の統廃合を何度も行っている。理念経営と業績の関係も、因果を切り分けた検証は難しい。また本人の言葉の多くは講演の聞き書きや編集を経ており、資料によって文言が揺れる点は前提として押さえておきたい。
よくある誤解
「経営の神様」という枠で語られるため、発言が格言として文脈から切り離されやすい。多くは特定の時期に特定の相手へ向けた具体的な指示であり、出典の版によって文言も異なる。
主著・主要論文
- 松下幸之助『道をひらく』PHP研究所, 1968年
- 松下幸之助『経営心得帖』PHP研究所, 1974年
- 松下幸之助『実践経営哲学』PHP研究所, 1978年
刊行年・出版社まで確認できたものを挙げています。邦訳の有無や版によって表記が異なる場合があります。